〜シリーズ沖縄戦〜

Produced by Osprey Fuan Club

< Index > シリーズ沖縄戦

シリーズ沖縄戦 沖縄戦アカウント (期間中毎日配信しています) 。 地獄の予兆 1944年 3月22日 『第32軍 (沖縄守備軍) の創設』 1944年 8月22日 『対馬丸事件』 1944年 10月10日 『十・十空襲』 艦砲射撃 1945年 3月23日『米軍による沖縄攻略戦の開始』 1945…

1945年9月7日 『第32軍の降伏』

第32軍の降伏文書調印式 9月7日午前11時20分、琉球列島の「降伏調印式」 第32軍の敗残兵 久米島: 鹿山隊(隊長: 鹿山正 海軍兵曹長)の降伏調印式 恩納岳: 第4遊撃隊の投降 第32軍の降伏文書調印式 9月7日午前11時20分、琉球列島の「降伏調印式」 9月8日付…

1945年 9月6日 『ご苦労さまでした』

降伏文書調印式までの動向 第32軍の敗残兵 その時、住民は・・・ 降伏文書調印式までの動向 琉球列島の「降伏」 ⑦ 第10軍司令官スティルウェル将軍は、9月2日以後、琉球列島の全日本軍の降伏を受諾せよとの指令を受けたため、8月28日、宮古、八重山や奄美大…

1945年 9月5日 『祖国という観念』

米軍の動向 降伏文書調印式までの動向 第32軍の敗残兵 そのとき、住民は・・・ 「かつて経験したことのない世界」 米軍の動向 オーウェン・ランディ(右)のとっておきは、長さ30フィートになった、記念の署名入りの紙幣70枚である。(1945年9月5日撮影) Pr…

1945年9月4日 『こんな国のために死ぬもんか』

降伏文書調印式までの動向 琉球列島の「降伏」 ⑤ 第32軍の沖縄観 沖縄差別と同化政策 同化政策と皇国教育 日本軍の「スパイ」の概念 米軍の占領政策に利用される「琉球人」差別 降伏文書調印式までの動向 琉球列島の「降伏」 ⑤ 第10軍司令官スティルウェル将…

1945年 9月3日 『次々と降伏する日本軍部隊』

米軍の動向 第32軍の敗残兵 海軍第27魚雷艇隊 (白石信治大尉) の降伏式: もとぶ半島 歩兵第32連隊第2大隊(志村常雄大尉)の投降 朝鮮人の沖縄戦 そのとき、住民は・・・ 米軍の動向 飛行中隊の司令部にて行われた対日戦勝記念式。(1945年9月3日撮影) VJ D…

1945年9月2日 『日本が降伏した日』

V-J Day 日本降伏の日 V-J Day(Vicotry over Japan Day: 対日戦勝記念日) 琉球列島降伏文書調印式への動向 第32軍の敗残兵 伊是名島の住民虐殺 摩文仁の敗残兵 捕虜になった日本兵 - 屋嘉捕虜収容所 そのとき、住民は・・・ V-J Day(Vicotry over Japan D…

1945年9月1日 『朝鮮から「商売」に来ている』

慰安婦と呼ばれた女性たち 米軍の動向 朝鮮人の沖縄戦 大陸での日本軍と慰安婦というシステム 沖縄の朝鮮人慰安婦 - 日本軍の駐留と慰安所設置140か所 日本軍の駐留とともに慰安所が続々建てられた。 朝鮮人「慰安婦」の性病検診 日本軍の慰安所建設 日本軍が…

1945年8月31日 『牛馬以下にあつかわれて』

降伏文書調印式までの動向 日本本土への進駐 ⑤ 米軍の動向 島に連れてこられた朝鮮人 朝鮮人軍夫の処刑 朝鮮人軍夫とは 阿嘉島の朝鮮人軍夫と野田隊 朝鮮人の「徴発」とは 奪われた名前: 創氏改名 琉球政府 降伏文書調印式までの動向 日本本土への進駐 ⑤ 『8…

1945年 8月30日 『日本全土がアメリカ世 (ゆ) 』

降伏文書調印式までの動向 米軍の動向 第32軍の敗残兵 望郷の沖縄 降伏文書調印式までの動向 日本本土への進駐 ④ 厚木に降り立つマッカーサー 『…1945年8月30日、連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサー元帥が厚木飛行場に降り立った。昭和天皇が日本の…

1945年 8月29日 『疎開と望郷』

降伏文書調印式までの動向 米軍の動向 疎開と望郷 降伏文書調印式までの動向 読谷飛行場 マッカーサーは日本への進駐の途中、昭和20年8月29日に読谷山村内の飛行場に降り立っている。これらは、戦後の読谷を暗示する出来事であった。 読谷村史 「戦時記録」…

1945年 8月28日 『若い兵隊の自殺』

降伏文書調印式までの動向 米軍の動向 第32軍の敗残兵 護郷隊と剣隊 降伏文書調印式までの動向 日本本土への進駐 ② 『連合軍が初めて日本本土に進駐したのは、昭和20年8月28日であった。 この日、連合軍から指定された神奈川県厚木飛行場は、前夜から周囲を…

1945年 8月27日 『連合国軍の日本進駐』

降伏文書調印式までの動向 米軍のビーチパーティー 第32軍の敗残兵 第4遊撃隊 (第2護郷隊): 岩波壽大尉 - 10月2日投降 第3遊撃隊 (第1護郷隊): 村上治夫大尉 - 1946年1月3日投降 降伏文書調印式までの動向 日本本土への進駐 ① 昭和20年8月27日午後1時過ぎ、…

1945年 8月26日 『マイナスからの再建』

米軍の動向 第32軍の敗残兵 そのとき、住民は・・・ 米軍の動向 MARINES BUILD POOL IN OCEAN: Marines of the 5th Reg. watch the results of a dynamite blast in the coral reef off Okinawa where they are building a swimming pool. 2nd Lt. Harry D. …

1945年 8月25日 『沖縄人とアメリカ兵』

米軍の動向 第32軍の敗残兵 米軍の動向 《AIによるカラー処理》Helicopter taking off from the USS General Duncan, an Aircraft Repair Unit. The ship was a floating air depot for repair of aircraft that moved in with our invasion forces and prov…

1945年 8月24日 『阿嘉島から屋嘉収容所へ』

米軍の動向 第32軍の敗残兵 阿嘉島から屋嘉収容所へ 阿嘉島の朝鮮人軍夫 渡嘉敷島 (第3戦隊) の投降 戦場の学徒兵 米軍の動向 〝沖縄〟という米軍基地の建設 《AIによるカラー処理》墓の正面にある第11空挺師団第511パラシュート歩兵連隊の指令所(1945年8月…

1945年8月23日 『沖縄人と米軍基地』

捕虜を支えたハワイのウチナーンチュ 米軍の動向 〝沖縄〟という米軍基地の建設 第32軍の敗残兵 投降交渉 - 歩兵第32連隊第1大隊 ハワイ移送の捕虜を支えたハワイのウチナーンチュ ハワイの収容所に送られた学徒兵: 二中通信隊 「県系人は皆、とにかく優しか…

1945年 8月22日 『投降の条件』

米軍の動向 第32軍の敗残兵 国吉: 歩兵第32連隊第1大隊(大隊長・伊東孝一大尉) 阿嘉島(あかじま): 海上挺進第2戦隊(戦隊長: 野田義彦少佐/阿嘉島・慶留間島) アブチラガマで生き残った7名の傷病兵 捕虜になった日本兵 そのとき、住民は・・・ 収容所生活 …

1945年 8月21日 『消えた村、消えた家』

米軍の動向 第32軍の敗残兵 そのとき、住民は・・・ 米軍の動向 《AIによるカラー処理》輸送船舶(1945年8月21日撮影)/ Boats & Transports. 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館 〝沖縄〟という米軍基地の建設 第3水陸両用軍団司令部の外観(1945年8月21…

1945年8月20日 『見せしめのために殺す』

沖縄諮詢会の発足 米軍の動向 第32軍の敗残兵 捕虜になった日本兵 久米島住民虐殺事件 ④: 1945年8月20日 そのとき、住民は・・・ 沖縄諮詢会の発足 米軍の動向 《AIによるカラー処理》夜間戦闘部隊の新生タイガーキャット飛行中隊(VMF(n)533)の副隊長、ビー…

1945年 8月19日 『伊江島に降り立った日本降伏使節団』

日本軍の動向 第32軍の敗残兵 慶良間諸島の敗残兵 戦場の学徒兵 そのとき、住民は・・・ 日本軍の動向 『陸軍代表河辺虎四郎中将に率いられた総勢16名の日本降伏使節団は8月19日朝、緑十字のマークが付いている武装解除した海軍の中型爆撃機2機に乗り込み、…

1945年8月18日 『〝終戦〟3日後の住民虐殺』

米軍の動向 第32軍の敗残兵 久米島住民を虐殺した日本軍残党 米軍の動向 嘉手納B滑走路に停留するおよそ200機のダグラスC-54スカイマスター。南西太平洋地区及び米国にある全ての基地から飛来したもので、日本や満州からの捕虜を移送する任務を負っている。…

1945年8月17日 『悲しみのあとは歌』

米軍の動向 「東京占領」の準備 米軍の装備品 第32軍の敗残兵 そのとき、住民は・・・ 悲しみのあとは歌 - カンカラ三線と「屋嘉節」の誕生 小那覇舞天「ぬちぬぐすーじさびら」と石川収容所 米軍の動向 「東京占領」の準備 《AIによるカラー処理》嘉手納飛…

1945年8月16日 『戦争は終わったのか?』

米軍の動向 第32軍の敗残兵 恩納岳: 第44飛行場大隊 慶良間列島 宮古島 - 餓死兵のむくろ 敗戦の知らせ - 竹富島の大石部隊 そのとき、住民は・・・ 敗戦の知らせ - 米軍野戦病院 収容所で日本兵をかくまった話 米軍の動向 《AIによるカラー処理》嘉手納飛行…

1945年8月15日 『それぞれの〝終戦の日〟』

日本、敗戦 1945年8月15日正午、玉音放送 米軍の動向 〝沖縄〟という米軍基地の建設 日本軍の動向 玉音放送後の特攻 第32軍の敗残兵 潜伏する学徒兵 - 一中通信隊 捕虜の「終戦の日」 ハワイに送られた捕虜の「終戦の日」 朝鮮人軍夫の「終戦の日」 そのとき…

1945年8月14日 『宮古の沖縄戦』

宮古島の沖縄戦 米軍の動向 〝沖縄〟という米軍基地の建設 宮古島、生と死が隣り合わせの「もう一つの戦争」 宮古島の土地強制接収と飛行場建設 続々と、3万人の兵士かやってくる 日本軍と慰安所 飢餓と戦争マラリア -「八月は地獄」 宮古の学徒隊 鉄血勤皇…

1945年8月13日 『八重山の沖縄戦』

米軍の動向 第32軍の動向 先島諸島の日本軍 土地の強制接収と飛行場建設 海軍 - 特攻艇秘匿壕 先島諸島の学徒隊 鉄血勤皇八重山隊: 県立八重山中学校・県立八重山農学校 八重山農学徒隊(女子): 沖縄県立八重山農学校 八重山高女学徒隊: 沖縄県立八重山高等…

1945年8月12日 『古知屋収容所』

米軍の動向 日本軍の動向 先島諸島の学徒隊 八重山の学徒動員 そのとき、住民は・・・ 古知屋収容所 米軍の動向 フィリピン諸島ルソン島から読谷飛行場に着いたばかりのコンソリデーテッドB-32の給油の様子。この2機は日本が降伏したといううわさを聞いた後…

1945年8月11日 『歓喜に沸く連合国』

日本の降伏に世界が歓喜 国民に伏せられた降伏 米軍の動向 〝沖縄〟という米軍基地の建設 第32軍の敗残兵 捕虜になった日本兵 - 八原高級参謀のその後 ⑦ 戦場の学徒隊 沖縄県立水産学校 - 水産通信隊 沖縄県立第一中学校 - 一中通信隊 そのとき、住民は・・…

1945年8月10日 『ジャップ・サレンダー』

御前会議 ポツダム宣言受諾を決意 米軍の動向 沖縄戦と原子爆弾の使用 第32軍の敗残兵 ある夜の曳光弾 捕虜となった日本兵の「日本降伏」 そのとき、住民は・・・ 石鹸のない洗濯 軍作業 - 米軍の洗濯作業 御前会議 ポツダム宣言受諾を決意 天皇参席の御前会…