1945年 5月8日 『ドイツ降伏のニュース』

ドイツ降伏

米軍将兵の反応

『…5月8日、第一線の米軍部隊には、ナチ・ドイツが降伏したというニュースが伝えられた。しかし兵士たちは、ヒトラーが打倒されたことの喜びよりも、自らの生命が賭けられている目前の戦闘に気を奪われていた。それでも沖縄本島西方海上に蝟集した米艦船上では、感謝の礼拝が行われ艦砲と野戦砲はいっせいに空高く祝砲を発射した。』(125頁)

《写真記録「これが沖縄戦だ」(大田昌秀 編著/琉球新報社) 125頁より抜粋》

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前線の数ヤード手前で1945年5月8日のドイツ降伏のニュースに耳を傾ける陸軍第77歩兵部隊の戦闘隊。彼らの険しい表情はニュースを聞いた後の冷静さを表し、目の前ではまだ長く厳しい戦いが続いていることを実感する。この写真の撮影後数分の内に彼らは殺すか殺されるかわからない自分の位置に戻った。沖縄。

NO V-E DAY CELEBRATION ON OKINAWA--Fighting men of the Army's 77th Infantry Division on Okinawa listen a few yards behind the front lines to the news of Germany's surrender on 8 May 1945. Their battle hardened faces indicate the impassiveness with which they received the news, realizing the war is not over for them and that a long hard fight lies ahead. A minute after this picture was taken, these men were back at their posts, killing or being killed.

写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館 

5月8日、従軍記者がウォルト・ルツォスキィ伍長に近寄ってきて「聞いたかい? ヨーロッパでの戦争が終わったよ」とドイツ降伏のニュースについて教えてくれた。「それは朗報だね」とルツォスキィは物思いに沈んだ表情で「それが、こっち(太平洋)だったらなぁ」とつぶやいた。多くの兵士たちも彼と同じ考えであった。ここ数日間、第1海兵師団の兵士たちは、南部戦線での陸軍の兵士たちの惨状の理由について理解しはじめていた。…5月4日と5日の戦闘だけで、第1海兵師団は649名の将兵が戦死傷・行方不明となった。また5月6日だけで、3輌のシャーマン戦車が日本軍の速射砲に撃破されてしまった。』(57頁)

《「沖縄 シュガーローフの戦い 米海兵隊 地獄の7日間」(ジェームス・H・ハラス/猿渡青児・訳/光人社NF庫) 57頁より》

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1945年5月8日の米軍ラジオ放送でのヨーロッパにおける戦争が終わりを告げたというニュースに耳を傾ける沖縄駐屯の第443通信建設大隊の兵士ら。

Men of the 443rd Signal Construction Battalion stationed on Okinawa, Ryukyu Retto, listens to reports of the end of hostilities in Europe over a broadcast of the Armed Forces Radio Service on 8 May 1945.

写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館

 

米大統領の警告

『ドイツが降伏した1945(昭和20)年5月8日にハリー・トルーマン米大統領が発表した対日声明文は、トルーマンの写真付きで日本語に訳されビラとして投下された。トルーマンは、日本国民と軍部とを明確に区別しながら、日本軍が無条件降伏するまで攻撃を続けると警告した。同時に、日本軍の無条件降伏は、日本国民の「抹殺」や「奴隷化」を意味するのではなく、むしろ日本を「破滅の淵に誘引」している軍部の消滅、前線で戦う兵士たちの「愛する家族」のもとへの復帰、そして「現在の艱難苦痛」の終わりを意味すると説いた。』

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日本国民諸氏
アメリカ合衆国大統領ハリー・エスルーマンより一書を呈す

ナチス独逸は壊滅せり 日本国民諸氏も我米国陸海空軍の絶大なる攻撃力を認識せしならむ
貴国為政者並に軍部が戦争を継続する限り我が攻撃は愈々その破壊及び行動を拡大強化し日本の作戦を支持する軍需生産輸送その他人的資源に至る迄徹底的に壊滅せずんば熄まず 戦争の持久は日本国民の艱苦を徒らに増大するのみ 而も国民の得る処は絶無なり 我が攻撃は日本軍部が無条件降伏に屈し武器を棄てる迄は断じて中止せず 軍部の無条件降伏の一般国民に及ぼす影響如何 一言にて尽くせばそは戦争の終焉を意味す 日本を現在の如き破滅の淵に誘引せる軍部の権力を消滅せしめ前線に悪戦苦闘中なる陸海将兵の愛する家族農村或は職場への迅速なる復帰を可能ならしめ且又儚なき戦勝を夢見て現在の艱難苦痛を永続するを止むるを意味す 蓋し無条件降伏は日本国民の抹殺乃至奴隷化を意味するものに非る事は断言して憚らず

トルーマンの日本国民に対する声明 1945年5月8日 | 日本国憲法の誕生

 

南進する米軍

部隊交替と海兵隊の南下

5月8日、第6海兵師団の第22連隊は、安謝川北の土堤で、第1海兵師団の第7連隊と交替した。』(337頁)

《「沖縄 日米最後の戦闘」(米国陸軍省編・外間正四郎訳/光人社NF文庫) 337頁より》

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前線へ移動する海兵隊(欧州戦線勝利の日1945年5月8日)

Marines on VE Day moving to lines.

写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館

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前線へ移動する海兵隊(欧州戦線勝利の日1945年5月8日)

Marines on VE Day moving to lines.

写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館

 

安謝(あじゃ)

『日本軍は安謝の南に布陣している。川は徒歩で渡るには、あまりにも河口が深すぎ、そうかといって車輌で渡るには、あまりにも川床がやわらかすぎる。陣地の地形はしだいに高くなっていて、およそ180メートルの彼方で地平線になっている。西の方では、不毛の珊瑚礁岩が海をさえぎり、南は粘土質の長い丘が、那覇へ通ずる道を見降ろし、さらに南東の方には、いくつもの小高い丘が草におおわれて立ちならび、安謝川下流一帯の低地から安里川付近にいたる一帯を見渡し、また東方には、沢岻や大名の丘陵があった。』(337-338頁)

《「沖縄 日米最後の戦闘」(米国陸軍省編・外間正四郎訳/光人社NF文庫) 337-338頁より》

http://www.ibiblio.org/hyperwar/USA/USA-P-Okinawa/img/USA-P-Okinawa-p315.jpg

安謝川と那覇市北西部一帯

WEST FLANK ZONE, where the 22d Marines, 6th Division, crossed Asa River toward Naha. (Photo taken 5 May 1945).

HyperWar: US Army in WWII: Okinawa: The Last Battle [Chapter 13]

 

幸地(こうち)

『第17連隊の…G中隊のウィリアム・T・コバーン少尉は、九日前に配属されたばかりであった。彼は小隊をひきつれて幸地丘陵第4陣地を攻めたが、迫撃砲や機関銃火にあって、間もなく退却を余儀なくされた。しかも2名の戦死者と3名の負傷者を出したのだ。これに怒ったコバーン少尉とジョージ・ヒルズ曹長は、ふたたび第4陣地にとって返し、迫撃砲陣地を猛烈に榴弾で攻撃し、ついに陣地を殲滅した。』(331-332頁)

《「沖縄 日米最後の戦闘」(米国陸軍省編・外間正四郎訳/光人社NF文庫) 331-332頁より》 

 

 

第32軍の動向

軍司令部

八原高級参謀の回想:

『わが軍の運命が、ほぼ決定的になった5月中旬ドイツの崩壊降伏が首里洞窟内にも伝わった。かかる世界情勢と、太平洋戦争の現段階において、依然戦闘を継続するのは、まったく無意味であると思った。個人の場合ならば、自らの意地や面子に身を滅ぼしてもそれまでであるが、国家民族の場合は、そうはゆかぬ。特に指導的地位にある人々の、個人的な意地や面子のために、国家民族が犠牲に供せられるようなことがあってはならぬ。

大東亜戦争は美しい口実で開始されたが、畢竟支那事変の処理に困却し果てたわが指導グループがその地位、名誉、権力等を保持延長するための、本能的意欲から勃発したものとも考えられる。今この絶望的な戦闘段階において、もしこれらのグループの保身延命のために、わが将兵が日々幾百千となく、珊瑚礁上に殪れつつあるとせば、義憤を禁じ得ないであろう。』(293-294頁)

《「沖縄決戦 高級参謀の手記」(八原博通/中公文庫) 頁293-294より》

 

  

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