1945年 8月29日 『進駐軍の要求』

降伏文書調印式までの動向

日本本土への進駐 ③

『…29日は到着する飛行機はない。先遣隊の将兵も基地からは出なかった。30日のマッカーサーと総司令部、進駐軍本体の受け入れ準備の仕上げに忙殺される1日であった

…砂利を撒いて固める誘導路の作業も、この日午後には終了した。

ただ要求された乗用車、バスが集まり始めたのはこの日の午後であった。日本には乗用車もバス、トラックも修理しなければ提供できない事情の車が多かった。…それでもトラックは陸海軍、軍需工場等で台数はかなりあったが、日本で少ないのはバス、乗用車であった。さらに乗用車があっても、それを運転し厚木基地に赴いてアメリカ軍の下で働くことに抵抗があり、拒否したり逃げ出す運転手が多かったのである。当時運転できる人は少ない。新しく探し厚木行きを説得する、これも政府関係者にとって大変な作業であった。

乗用車50台、バス50台、トラック400台が、どうにか揃いだしたのは夕方であった。』(208-209頁)

《「マッカーサーが来た日」(河原匡喜/光人社NF文庫) 208-209頁より》 

http://www.3rdattackgroup.org/resources/Japan/Atsugi_Air_Drome_1945/g490418.jpg

ATSUGI AIR BASE

 

琉球列島の「降伏」 ③

第10軍司令官スティルウェル将軍は、9月2日以後、琉球列島の全日本軍の降伏を受諾せよとの指令を受けたため、8月28日宮古八重山奄美大島の各島守備隊指揮官あての和英両文による降伏メッセージを空から投下させた。

8月29日午前3時、徳之島の高田利貞将軍から最初の返事が入った。「8月28日午後8時無線通信を確立したいとの連絡を受ける栄誉にあずかる。こちらは5090キロサイクルの周波数を使う」とのことだった。次に、徳之島無線連絡基地は「与論、喜界、奄美、沖永良部、南大東に連絡中と伝えてきた。スティルウェル将軍は奄美群島と先島群島の指揮官に、降伏の手続きのための代表を飛行機で派遣するよう指示した。同時に、軍隊、航空機、船舶、潜水艦すべての所在地に関する正確な情報を提供するよう指示した。高田将軍は次のように返事を送った。

「この件については上官の横山勇中将に連絡中。指示のあり次第、そちらに連絡する。こちらには航空機なし。船舶もなし

宮古と石垣の日本軍からは連絡がない。そこで、今度は強い調子のメッセージを航空機から落としたところ、ようやく8月29日午後8時40分宮古島から連絡が入った。「指示を待つ」という旨の連絡だった。10分後に、宮古島28師団司令官納見敏郎中将からのメッセージが入ってきた。納見中将は先島群島、大東島を含む沖縄諸島の陸軍および海軍を代表して休戦条約を結ぶ権限を備えもつ、というものであった。代表を派遣せよ、との指示については、9月2日に出発できるが、台湾軍から航空機を確保して後、機種について知らせるということだった。ところで、2人の将軍には連合軍の捕虜に関する情報を送るよう要請していたが、先島群島には捕虜はなく、先に捕虜にしたアメリカ兵はすべて沖縄か台湾に送ったと連絡してきた。

徳之島ではフランク・コリンズ少佐とG・W・マカドウ少尉の2人の捕虜を保護していると高田将軍が連絡してきた。2機の連絡機が徳之島飛行場の調査のため飛びたつことになった。飛行場の状態に支障がなければ、C-47輸送機が2人の捕虜を運ぶことになった。』(226-227頁)

《「沖縄戦トップシークレット」(上原正稔/沖縄タイムス社) 226-227頁より》

 

 

〝沖縄〟という米軍基地

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嘉手納飛行場に着陸するボーイングB-29スーパーフォートレス。(1945年8月29日撮影)

Boeing B-29 ”Superfortress” coming in for a landing on Kadena Strip.

写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館

 

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厚木飛行場への離陸前に、ダグラスC-54スカイマスターへの搭乗訓練を行う第11空挺師団の兵士。嘉手納飛行場。定員は40人。(1945年8月29日撮影)

Okinawa, Ryukyu Retto. Kadena Airstrip. Troops of the 11th Airborne Division practicing loading a Douglas C-54 ”Skymaster” prior to their take-off to Atsugi Airstrip, Japan. Each plane carried forty men.

写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館

 

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ダグラスC-54に乗るため、嘉手納飛行場の野営地でトラックに乗り込む第11空挺師団第187パラグライダー連隊の兵士。(1945年8月29日撮影)

Troops of the 187th Para-Glider Regiment, 11th Airborne Division loading into trucks at bivouac area from Kadena Airstrip to board Douglas C-54's. Okinawa, Ryukyu Retto.

写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館

 

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第187パラグライダー部隊を乗せるため、嘉手納飛行場に駐機中のダグラスC-54スカイマスター。(1945年8月29日撮影)

Douglas C-54 ”Skymaster” parked on Kadena strip preparing to load the 187th Para-glider Troops. Okinawa, Ryukyu Retto.

写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館

 

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