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1945年 4月23日 『第1防衛線の崩壊』

南進する米軍 城間(ぐすくま):「アイテム・ポケット」 前日に城間一帯の偵察を強化した米軍は、得た情報をもとに作戦計画をたてた。計画は、日本軍の陣地を攻撃しながら城間南西に位置する牧港飛行場まで進撃するものであり、その作戦を遂行するために特別攻…

1945年 4月22日 『伊江島の集団自決』

南進する米軍 『日本軍の首里外郭防衛線は、中城和宇慶から牧港東方を北西に走る山脈の山塊にそって、根をおろしていた。この山脈の向こう側に、日本軍防衛陣西のとりでといわれるおそるべき浦添丘陵があるのだ。あたりをへいげいするように連丘がそびえ、そ…

1945年4月2日『南北に分断された沖縄島』

姿を見せない日本軍 『米軍が実に簡単に上陸し、橋頭堡をあっけなく確保してしまったので、今度は、いったい日本の陸軍はどこにいるのだろうかということになって、噂は噂を呼んだ。そのなかで最も楽観的な見方は、日本軍は戦術で米軍に出し抜かれてしまった…

1945年 4月1日『米軍、沖縄島に上陸』

米軍の沖縄島攻略はじまる 『1945年4月1日、復活祭の日曜日の明けがた。沖縄近海に、まさに進攻せんとする1300隻からなる米大艦隊の威風堂々の姿が望見された。その多くは、西の方 ー 東支那海に浮かんでいる。その日、天気は晴れていたが、空気は冷たかった…

1945年 3月29日『慶良間列島、死の島と化し米軍の海軍基地となる』

空爆 / 艦砲射撃 /掃海 沖縄本島 『3月29日、艦載機は沖縄の飛行場を襲い、日本機27機を撃破し、推定24機をさらに破損させた。この期間に地上で撃破された日本機は合計80機に達した。そのほか、小型船舶、木造船も襲撃され、少なくとも8隻の日本潜水艦を運…

1945年 3月28日『慶良間の住民が集団自決』

米軍の慶良間列島侵攻: 3日目 阿嘉島(あかじま) 『3月28日: 日本軍による夜間(前夜)の活動なし。ただし、米軍の陣地に侵入しようとした日本兵1人が射殺された。日本兵の掃討や施設の破壊を命令された各中隊は、その日の掃討作戦を島の全域に拡大したが、日…