空爆、艦砲射撃

1945年 8月21日 『消えた村、消えた家』

〝沖縄〟という米軍基地 第3水陸両用軍団司令部の外観(1945年8月21日撮影) View of III Amphibious Marine Corps Command Post. 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館 那覇にある物資補給所(1945年8月21日撮影)/ The Quartermaster Depot at Naha. 写真…

1945年 8月14日 『宮古の沖縄戦』

〝沖縄〟という米軍基地 沖縄本島の馬天港にある海軍作戦基地指令部。下士官用兵舎、赤十字用宿舎、食堂。(1945年8月14日撮影) NOB Headquarters at Baten Ko, Okinawa. Enlisted men's quarters, Red Cross hut and chow hall. 写真が語る沖縄 詳細 – 沖…

1945年 8月6日 『ATROCITIES (残虐行為) in 広島』

米軍、原子爆弾を使用する 1945年8月6日、広島に原子爆弾を投下した「エノラ・ゲイ」号の離陸前に手を振る操縦士のポール・W・ティベッツ大佐。 " Col. Paul W. Tibbets, Jr., pilot of the ENOLA GAY, the plane that dropped the atomic bomb on Hiroshima…

1945年 6月19日 『無敵皇軍参謀たちの最後の姿』

新・第10軍司令官 『バックナー中将の戦死は、第10軍参謀長からニミッツ元帥に報告され、…19日、第3海兵軍団長のR・S・ガイガー少将が中将に昇進するとともに第10軍司令官に任命された。海兵隊の将官が軍司令官に任命されたのはこれが初めてだった(ビーニス…

1945年 6月3日 『米軍、伊平屋島に上陸』

周辺離島の制圧 伊平屋島(いへやじま): 上陸日 『昭和20年6月3日、…朝8時ごろ、空を何機もの米軍機が横切った。』 伊平屋島 米軍上陸 | 沖縄戦の絵 | 沖縄戦70年 語り継ぐ 未来へ | NHK 沖縄放送局 『6月3日、米軍は沖縄本島北西海上の伊平屋島へ上陸した。…

1945年 5月27日 『さらば、首里よ』

首里に迫る米軍 移動する日本軍への攻撃命令 『5月26日の日本軍の移動が、空中からの観測で報告されたので、バックナー中将は、27日、命令を発し、両軍団(第3上陸軍団と陸軍第24師団)とも、「ただちに強力な攻撃を加え、日本軍を、支離滅裂になるまで攻撃…

1945年 5月13日 『村全体を破壊する命令』

米軍の総攻撃・3日目 那覇郊外の戦線で、第22海兵連隊を視察するガイガー少将(左)(1945年5月13日撮影) Major General Roy S. Geiger watching 22nd Marines in line on outskirts of Naha. 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館 幕僚たちに総攻撃の目標…

1945年 4月19日『米軍の総攻撃「耕す戦法」』

南進する米軍 総攻撃 艦砲射撃と空爆 『ホッジ将軍は、洞窟内の日本軍を駆り出すためには「一寸刻みに爆破するしかない」と4月19日午前6時40分を期して全部隊に空、海、陸からの「耕し戦法」による総攻撃を命じた。陸続と増援部隊も派遣され、沖縄作戦で最大…

1945年 4月14日『やんばるのゲリラ戦』

本部(もとぶ)半島・八重岳の攻略 『シャプレイ大佐の率いる海兵3大隊は、4月14日、八重岳の東部を攻撃し、夕方までには山の第一稜線を完全に確保した。ここでは退却する日本軍が機関銃や小銃で撃ちまくってきたが、その数はたいしたことはなかった。だが、日…

1945年 4月1日『米軍、沖縄島に上陸』

米軍の沖縄島攻略はじまる 『1945年4月1日、復活祭の日曜日の明けがた。沖縄近海に、まさに進攻せんとする1300隻からなる米大艦隊の威風堂々の姿が望見された。その多くは、西の方 ー 東支那海に浮かんでいる。その日、天気は晴れていたが、空気は冷たかった…

1945年3月31日『沖縄島上陸・前夜』

沖縄本島上陸・前夜 空爆と艦砲射撃 『3月31日の午後までにブランディ提督は、那覇地区の一部危険と思われる陣地を除いて「準備は十分である」との報告をすることができた。日本軍の海岸砲は、米艦隊の艦砲射撃中はまったく鳴りをひそめていて砲口を開かなか…

1945年 3月29日『慶良間列島、死の島と化し米軍の海軍基地となる』

空爆 / 艦砲射撃 /掃海 沖縄本島 『3月29日、艦載機は沖縄の飛行場を襲い、日本機27機を撃破し、推定24機をさらに破損させた。この期間に地上で撃破された日本機は合計80機に達した。そのほか、小型船舶、木造船も襲撃され、少なくとも8隻の日本潜水艦を運…

1945年 3月26日 『米軍、慶良間列島に上陸』

住民を巻き込んだ地上戦の始まり 米軍の慶良間(けらま)攻略 慶良間列島攻略の理由 『沖縄戦は昭和20年3月26日、A.D. ブルース少将の率いる米第77歩兵師団の慶良間列島上陸で幕が切って落とされた。慶良間攻略のねらいは、つぎに来るべき沖縄本島上陸作戦にそ…

1945年 3月25日『慶良間列島への上陸作戦前夜』

1945年(昭和20) 3月25日は、 日本で唯一の「住民を巻き込んだ地上戦」が沖縄で始まる前夜だった。 空爆 / 艦砲射撃 / 掃海 慶良間列島 『米軍は1945年3月23日の空襲開始に続き3月25日、慶良間諸島に上陸前段の大規模な艦砲射撃をした。』(85頁) 《「沖縄 戦…

1945年 3月24日『米軍の空爆と艦砲射撃』

空爆と艦砲射撃 前日の23日から沖縄全域を対象に開始された空爆は2日目を迎え、この日からは米軍による艦砲射撃も始まった。 沖縄本島への艦砲射撃 『24日からは押し寄せた戦艦8隻、駆逐艦27隻からの艦砲射撃が、本島南部や中城湾に叩き込まれた。』(363頁) …

1945年 3月23日『米軍による沖縄攻略戦の開始』

沖縄全域の空爆が開始される 1945年3月1日以降、途絶えていた米軍の空爆が再び始まった。 『1945年3月23日、沖縄本島は朝から夕方まで延べ355機の艦載機による空襲を受けました。米軍による沖縄攻略戦の開始でした。』 特集 沖縄戦クロニクル ~その時何が起…

1944年 10月10日 『十・十空襲』

琉球列島を確保せよ 米軍による沖縄攻撃 『1944年10月3日、太平洋軍地区米軍は、琉球列島(南西諸島)を確保せよ、との指令を受けとった。 琉球諸島は日本四島への入口、その中でも沖縄島は最も重要な島である。琉球侵攻を決定したことは、米国が日本の防衛…