本島周辺の離島

1945年 7月17日 『八原の脱出計画』

〝沖縄〟という米軍基地 泡瀬飛行場にある第14海兵航空群野営地の全景(北方面)。沖縄本島にて。着工から19日後。(1945年7月17日撮影) Panorama (north) of MAG-14 camp site at Awase Airstrip, Okinawa, nineteen days after breaking ground. 写真が語…

1945年 7月5日 『残る敵は日本のみ』

〝沖縄〟という米軍基地 事件・事故 第10軍の北側の弾薬臨時集積場で起こった火事による爆発で立ち上った煙と空を埋め尽くす発煙弾。近隣を居住不可能にした。出火原因は不明。(1945年7月5日撮影) Smoke billows skyward and tracers fill the air as a gr…

1945年 6月27日 『銃殺された久米島住民』

戦闘後の米軍 第10軍首脳陣による視察 日本陸軍第32軍総司令部(牛島中将総司令官)の置かれた89高地の壕を視察した後、海兵隊や陸軍の司令官と話すスティルウェル大将(中央)。背後にその壕の入口が見える。(1945年 6月27日撮影) Gen. Stilwell (center)…

1945年 6月26日 『久米島の悲劇の始まり』

戦闘後の米軍 戦場の片付けと備品整備 沖縄戦終結後、要塞を取り壊し、砲脚を掘り出して砲座から105ミリ榴弾砲を移動する準備を行う米海兵隊の砲兵たち。(1945年6月26日撮影) Marine artillerymen tear down the fortifications, dig up the gun trails, and…

1945年 6月14日 『アブチラガマへの攻撃』

米軍の動向 映画鑑賞中。沖縄にて(1945年6月14日撮影) Okinawa, Moving Pictures 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館 後方で進む基地建設 米軍は、沖縄に上陸した直後から、前線では戦闘を、後方では基地建設をした。これは、日本本土への出撃基地とす…

1945年 6月12日 『どうか死んでくれーッ』

米軍の動向 周辺離島の制圧 瀬長島(せながじま) 瀬長島の予備砲撃に向かう水陸両用車両。近くの浅瀬に墜落している日本軍の零(ゼロ)戦闘機に注目(1945年6月12日撮影) Amtracs moving up on Senaga Shima in preparation for the pre-invasion shelling. N…

1945年 6月9日 『米軍、粟国島に上陸』

米軍の動向 日本軍の忠魂碑の近くでノルマンディー上陸から1年を記念したカトリックのミサを行うマグラッティー牧師 (1945年6月9日撮影) Chaplain Arthur McGratty, USNR, holding Catholic services on D-Day plus One near Japanese memorial. 写真が語…

1945年 6月8日 『地域で異なる沖縄戦』

米軍の動向 カタパルト上の飛行機。船から偵察へ出かける(1945年6月8日撮影) Shot of a plane on the catapult used for aerial observation by the ship. 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館 TBM機から前線に投下する迫撃砲弾の取り付け。(1945年6…

1945年 6月5日 『日本海軍の抵抗』

米軍の動向 ハマーソン牧師。第6師団の教会にて(1945年6月5日撮影) Chaplain J. L. Hamerson shown at his chapel at Sixth Division on Okinawa. 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館 コルセア戦闘機から度重なるロケット弾の攻撃を浴びせ日本軍の要塞…

1945年 6月4日 『米軍、小禄半島に上陸』

米軍の動向 米軍、小禄半島に上陸 小禄(おろく)半島・奥武山(おおのやま) https://www.ibiblio.org/hyperwar/USMC/V/USMC-V-II-9.html 『…午前4時45分、まず砲兵隊が1時間にわたる予備砲撃で、4300発の砲弾を上陸予定地の前にある高台に撃ち込んだ。 第4海兵…

1945年 6月3日 『米軍、伊平屋島に上陸』

米軍の動向 周辺離島の制圧 伊平屋島(いへやじま): 上陸日 空爆を受ける伊平屋島へ揚陸艦で向かう海兵隊。(1945年6月3日撮影) Marine laden LST's move toward Iheya which is being pounded by an air assault. 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館 伊…

1945年 5月31日 『戦いはまだ続く』

米軍の動向 周辺離島の制圧 伊平屋島(いへやじま) 伊平屋島侵攻に向け、ドック型揚陸艦オーク・ヒル(LSD-7)の凹甲板に荷積みを行う様子。(1945年5月31日撮影) Loading the well deck of the USS OAKHILL (LSD-7) at Okinawa, Ryukyus in preparation for …

1945年 4月25日 『津堅島と北部山中の悲劇』

米軍の動向 南進する米軍 『島の東側では、第7師団は散発的な砲撃を加えることによって、簡単に178高地の頂上まで達することができた。 小銃の音もなく機関銃の砲火もなかった。日本兵の死体も2、3しかなく、戦場にはありがちな遺棄死体や武器弾薬の乱雑さも…

1945年 4月24日 『津堅島の悲劇・前夜』

米軍の動向 南進する米軍 『4月23日の夜から24日にかけて、濃い靄が、やがて深い霧に変わって、沖縄南部をつつんだとき、日本軍砲兵はしだいに砲撃度を増し、全前線に対して猛烈な砲火をあびせてきた。夜も明けないうちに米軍前線部隊は、少なくとも1千回の…

1945年 4月23日 『第1防衛線の崩壊』

米軍の動向 南進する米軍 城間(ぐすくま):「アイテム・ポケット」 前日に城間一帯の偵察を強化した米軍は、得た情報をもとに作戦計画をたてた。計画は、日本軍の陣地を攻撃しながら城間南西に位置する牧港飛行場まで進撃するものであり、その作戦を遂行する…

1945年 4月22日 『伊江島の集団自決』

米軍の動向 周辺離島の制圧 伊江島(いえじま) 『伊江島占領が宣言されて後の5日間は、第77師団の各部隊は、日本軍の残存部隊掃討やトーチカの封じ込めや、地雷撤去作業に従事し、戦死者を埋葬した。この最後の掃討戦でも幾千の日本兵が城山周辺や村落内、海…

1945年 4月21日『郷土沖縄を救え・郷土は自分で護れ』

米軍の動向 周辺離島の制圧 伊江島(いえじま) 『4月20日の夜から21日の夜中にかけて、…米軍散兵線を少数の日本兵が偵察にきた。…午前4時30分、日本軍はこの陣地を、迫撃砲で1時間にわたって攻撃するや、5時30分、日本軍の300から400の部隊が、左翼を強襲して…

1945年 4月20日『後方で進む基地建設』

米軍の動向 周辺離島の制圧 伊江島(いえじま) 『…4月20日の攻撃では、主力を城山南部にいる第307歩兵連隊から、北部のほうにいる第306連隊のほうに移し、師団全体として城山の包囲陣を固めることになった。 …4月20日午前8時5分、米軍砲兵隊は、目前にある日…

1945年 4月19日『米軍の総攻撃「耕す戦法」』

米軍の動向 周辺離島の制圧 伊江島(いえじま) 『米軍は伊江島の高台を奪るため、白兵戦につぐ白兵戦で血みどろの戦闘をくり返し、日本軍の陣地を一つ一つ攻撃し、日本軍は高台から迫撃砲や機関銃で応戦した。これまでにない激しい戦闘となった。』(164頁) 『…

1945年 4月18日『戦場の女性たち』

米軍の動向 北進する米軍: 本部(もとぶ)半島を制圧 本部半島・名護(なご) 小規模の激しい戦闘の中、進軍する海兵隊員。(1945年4月18日撮影) Marines advancing through heavy brush fire. 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館 105ミリ砲で掩護する砲兵隊(…

1945年 4月17日『馬乗り攻撃と火炎放射器』

米軍の動向 北進する米軍 1日に40マイル以上のペースで進軍する第1海兵師団第1海兵連隊第3大隊。沖縄島北端わずか数マイルの地点を進軍中、ほとんど抵抗を受けることはなかった。(1945年4月17日撮影) Little resistance was met by these Marines of the 3…

1945年 4月16日『伊江島の「六日戦争」はじまる』

米軍の動向 特攻機対応と被害 『九州にある飛行場は、米第58機動部隊がたたいた。だが、それにもかかわらず、日本機は15日と16日、ふたたび相当な数をもって沖縄上空に現れた。16日の空襲では、神風1機が、空母イントレピッドの飛行甲板に体当たりしたのをは…

1945年 4月15日『北部の学徒隊 〜 県立第三中学校 〜』

米軍の動向 北進する米軍 沖縄本島北部の田舎の風景。名護の潜水艦待避所を見渡せる丘からの眺め。(1945年4月15日撮影) Countryside of northern Okinawa in Ryukyus. From hill overlooking submarine pens above Nago. 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文…

1945年 4月14日『やんばるのゲリラ戦』

米軍の動向 北進する米軍 本部(もとぶ)半島・八重岳の攻略 PUSHING TO YAE-TAKE, infantrymen of the 6th Marine Division pause on a mountain top while artillery shells a Japanese position. HyperWar: US Army in WWII: Okinawa: The Last Battle [Cha…

1945年 4月13日 『生まれた疑心暗鬼』

米軍の動向 北進する米軍本部(もとぶ)半島: 八重岳 『〝残存敵軍を掃討せよ〟との命令にもとに海兵第6師団は、4月13日、八重岳の日本軍陣地攻撃準備を開始した。 作戦では海兵第4連隊の第1、第2大隊と海兵第29連隊の第3大隊が、アラン・シャプレイ大佐の指揮…

1945年 4月12日『「この島を守っているのは兵隊だ」』

米軍の動向 特攻機対応と被害 『特攻機の攻撃は、警備艦船や渡具知沖の船団に重点が移った。この日の空襲で艦船17隻が命中弾をうけ、うち2隻が沈没。駆逐艦 M・L・アベルも特攻機と〝バカ爆弾〟をうけて沈んだ。この〝バカ爆弾〟とは、双発爆撃機から発射さ…

1945年 4月11日『激しさを増す神風特攻』

米軍の動向 特攻機対応と被害 『日本機の大空襲は、4月中、ずっと継続して行われた。彼らは、日中は、第58機動部隊や警備艦隊、それに陸上の対空砲火のおよばない距離にある船団をねらって襲撃してきたが、夜になると輸送船団は敵機が近づくと煙幕を張ってか…

1945年 4月10日『米軍、津堅島に上陸』

米軍の動向 北進する米軍 本部(もとぶ)半島 4月8日から11日にかけて海兵第29連隊は、本部半島一帯を偵察した。 『海兵第3大隊は、4月の10日に渡久地に着いたのだが、その途中、日本軍砲兵隊の砲撃を2回も受けたり、迫撃砲の猛襲にやられて16名の犠牲者を出し…

1945年 4月6日『日本海軍の総攻撃』

米軍の動向 沖縄攻略のためのインフラ整備 上陸から日をおかずして浜でコーヒーとドーナツを出す赤十字のテントを見て驚く兵士達。(1945年4月6日撮影) The shore party and other troops on the beaches at this most newly invaded of the Japanese Islan…