壕からの追い出し

1945年 6月28日 『沖縄の基地化と収容所』

戦闘後の米軍 摩文仁の丘の星条旗 日本軍が司令部を置いていた89高地での国旗掲揚式。参加者は第10軍司令官スティルウェル将軍、第24陸軍兵団司令官ホッジ少将、沖縄海兵隊司令官兼第7師団・連隊司令官ガイガー中将。(1945年6月28日撮影) Flag raising cere…

1945年 6月24日 『敵は米軍ではなく友軍だ』

掃討作戦 夜間の敵の反撃を防ぐために日没直前に張り巡らされた有刺鉄線。これが敵の狙撃手の侵入を困難にさせる。(1945年6月24日撮影) The rolls of barbed wire, strung up shortly before dusk, will help prevent an enemy counterattack during the ni…

1945年 6月11日 『住民は日本兵の盾』

南進する米軍 西部戦線 小禄(おろく)半島 『シェファード少将は、6月11日、午前7時30分を期して、一大総攻撃を命令した。8個大隊のほとんどを動員し、これに戦車隊をつけた。戦車は数日の好天でもはや泥にわざわいされる心配はなくなっていたのである。』(46…

1945年 6月10日 『戦いは米軍の独り舞台となる』

南進する米軍 前線部隊の進軍準備に伴い設置された海兵隊機関銃班(1945年6月10日撮影) Marine Machine Gun team set up as first lines prepare to advance. 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館 ジープやトラックが、[深さ] 2フィート(約60cm)に及ぶ泥道…

1945年 6月9日 『米軍、粟国島に上陸』

南進する米軍 西部戦線 小禄(おろく)半島 小禄半島にて、トンネルを掃討する偵察兵 Patrol cleaning out tunnel. Oroku Peninsula, Okinawa. 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館 負傷した日本人を治療するために小禄半島の後方へ運ぶ海兵隊員と手伝いの沖…

1945年 5月30日 『死の行進』

首里に迫る米軍 大移動の意味 『5月28日には、海兵偵察隊は首里の西側で、明らかに日本軍が陣地を脱出したばかりと思われる証拠を発見した。』(427頁) 『その前日、全トラックや車輌120台と、約1千の部隊が、西海岸の糸満付近と、また東風平にあって、沖縄南…

1945年 4月25日 『津堅島と北部山中の悲劇』

南進する米軍 幸地(こうち) 『西原村にある178高地から真南およそ3キロのところに、ひときわ高くそびえている円錐形の丘があった。日本軍はこの丘から海岸沿いの通路を守っていた。…翁長の西方2キロのところに幸地村落があり、この二つの村落のあいだに高台…