収容所

1945年 6月25日 『民間人捕虜になる』

掃討作戦 南部では、多くの日本軍のトラックが破壊または鹵獲された。溝にはまって機関銃でハチの巣にされたトラックを調べる憲兵。(1945年6月25日撮影) In Southern Okinawa, many Japanese trucks were destroyed or captured, here MPs are shown inspe…

1945年 6月15日 『戦利品への執着』

南進する米軍 墓の外の日本人の死体。もう一体は偵察兵に引きずりだされるところ。壕内の暑さでほとんど着るものを身に付けていない。(1945年 6月15日撮影) One dead Jap already outside, another is pulled out by a Marine scout. Japs take off most o…

1945年 6月11日 『住民は日本兵の盾』

南進する米軍 西部戦線 小禄(おろく)半島 『シェファード少将は、6月11日、午前7時30分を期して、一大総攻撃を命令した。8個大隊のほとんどを動員し、これに戦車隊をつけた。戦車は数日の好天でもはや泥にわざわいされる心配はなくなっていたのである。』(46…

1945年 6月6日 『沖縄県民の実情』

南進する米軍 西部戦線 小禄(おろく)半島 『第1海兵師団は、どうやら泥から解放され、6月6日には小禄半島のふもとを通って、道のりの半分ほどまできていた。これは、2つの軍団のあいだのギャップを埋めることにはなったが、同時にその西翼をさらけだすことに…

1945年 6月5日 『海軍の抵抗』

南進する米軍 西部戦線 小禄(おろく)半島・奥武山(おおのやま) 『米軍上陸2日目、作戦は遅々として進まなかった。そしてついに、小禄半島中央近くの筆架山まできたとき、第29連隊は、そこで突然、行き詰まってしまった。一方、米軍は右翼(南)のほうでは、…

1945年 6月3日 『米軍、伊平屋島に上陸』

周辺離島の制圧 伊平屋島(いへやじま): 上陸日 『昭和20年6月3日、…朝8時ごろ、空を何機もの米軍機が横切った。』 伊平屋島 米軍上陸 | 沖縄戦の絵 | 沖縄戦70年 語り継ぐ 未来へ | NHK 沖縄放送局 『6月3日、米軍は沖縄本島北西海上の伊平屋島へ上陸した。…

1945年 6月2日 『破壊された琉球の文化財』

南進する米軍 中央戦線 首里(しゅり)・首里城 『汚れた狭い舗装道路は、高爆発性爆弾でこなごなに砕かれ、どんな車輌も通れぬほど、爆弾の穴でいっぱいになっていた。たくさんの屋敷の石垣がくずれて散らばり、瓦礫や砕かれた屋根の赤瓦がうず高く積もってい…

1945年 5月28日 『最前線に戻った海軍部隊』

首里に迫る米軍 『5月の末、戦線が首里のまわりに固まるにつれて、首里の町にいちばん近くなったのが、北西部から進んできた第1海兵師団と、北および北東の方角から攻めてきた米第77師団であった。偵察隊の報告によると、日本軍の首里防衛の火力は、いささか…

1945年 5月20日 『真っ赤な戦場』

日本機の襲撃 ほとんど毎晩日本軍機が読谷飛行場周辺に爆弾を落とし、翌朝にはこのくらい大きい穴ができていることもある(1945年 5月20日撮影) It Happens at Yontan--Almost every night Jap planes drop bombs around the Marine Yontan strip at Okinaw…

1945年 5月18日 『まるで臭い生ゴミの山』

後方で進む基地建設 米軍は、沖縄に上陸した直後から、前線では戦闘を、後方では基地建設をした。これは、日本本土への出撃基地とするため、また、沖縄での地上戦の足場として、航空基地建設、補給路確保のインフラ整備が必要なためだ。 『沖縄と伊江島に基…

1945年 5月17日 『死者は血の海に横たわる』

後方で進む基地建設 米軍は、沖縄に上陸した直後から、前線では戦闘を、後方では基地建設をした。これは、日本本土への出撃基地とするため、また、沖縄での地上戦の足場として、航空基地建設、補給路確保のインフラ整備が必要なためだ。 『沖縄と伊江島に基…

1945年 5月16日 『沢山のブリキの兵隊』

後方で進む基地建設 米軍は、沖縄に上陸した直後から、前線では戦闘を、後方では基地建設をした。これは、日本本土への出撃基地とするため、また、沖縄での地上戦の足場として、航空基地建設、補給路確保のインフラ整備が必要なためだ。 『沖縄と伊江島に基…

1945年 5月9日 『島の激変ぶり』

米軍の総攻撃・2日前 『バックナー中将は、5月9日、第10軍に対して、11日に総攻撃を開始するよう命令を下した。』(334頁) 『現時点における第24軍団の作戦区域は、東は第1海兵師団との境界線から与那原の戦線にまでのび、西から東へ第6海兵、第1海兵、第77歩…

1945年 5月7日 『収容所の青空学校』

南進する米軍 『5月7日、米第24軍団長のホッジ少将は、第10軍の共同作戦の予備作戦として、進撃を続行し、8日の夕暮れまでには、安謝ー沢岻ー我謝の線を確保せよ、との命令を下した。』(324頁) 《「沖縄 日米最後の戦闘」(米国陸軍省編・外間正四郎訳/光人社…

1945年 4月7日『帝国海軍連合艦隊のさいご』

北進する米軍 名護(なご)・本部(もとぶ)半島 『海兵第29連隊は偵察隊や偵察戦車隊の後から、4月7日、名護に入った。名護は沖縄島から西方に突き出ている本部半島の深く曲がったところに具合よく位置をしめた中ぐらいの大きさの町だ。部隊の先鋒は本部をまっ…

1945年 4月5日『沖縄にできた米軍政府 〜アメリカ世(ゆ)のはじまり〜』

米軍の住民対策 『沖縄作戦の遂行で、米軍が直面して最も頭を悩ました問題は、沖縄の民間人が米軍に対してどう出るかということだった。だが、これはまもなく、たいした問題にはならないということがわかった。というのは、まず日本軍は、15歳から45歳までの…