先島諸島

1945年 8月22日 『投降の条件』

米軍の動向 海兵隊新兵補充部隊で体育教官兼ボクシングのコーチをしていた第1海兵師団所属の2人の海兵隊員が沖縄の地元民にボクシングを教えている。元社交ダンサーでアマチュアボクサーでもあった海兵隊所属キングが右で構え、ノース及びサウスカロライナ州…

1945年 8月19日 『伊江島に降り立った日本降伏使節団』

日本軍の動向 『陸軍代表河辺虎四郎中将に率いられた総勢16名の日本降伏使節団は8月19日朝、緑十字のマークが付いている武装解除した海軍の中型爆撃機2機に乗り込み、東京湾の東岸にある木更津空軍基地から密かに出発した。 伊江島に着陸後、マッカーサー元…

1945年 8月18日 『〝終戦〟3日後の住民虐殺』

米軍の動向 嘉手納B滑走路に停留するおよそ200機のダグラスC-54スカイマスター。南西太平洋地区及び米国にある全ての基地から飛来したもので、日本や満州からの捕虜を移送する任務を負っている。輸送機のスペース確保のため戦闘機は移動し、人員はいつでも出…

1945年 8月16日 『戦争は終わったのか?』

米軍の動向 嘉手納飛行場の第389空軍通信センター。(1945年8月16日撮影) The 389th Air Service Group message center at Kadena Airfield, Okinawa, Ryukyu Retto. 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館 第32軍の敗残兵 恩納(おんな)岳: 第4遊撃隊 『…す…

1945年 8月14日 『宮古の沖縄戦』

米軍の動向 ハト小屋と港務監督所。那覇にて。ロリンズ1等兵は、監督所の脇でハトの管理をしている。(1945年8月14日撮影) Pigeon loft and port director, Naha, Okinawa. 14 Aug. 1945Herbert A. Rollins, S1/c, is responsible for pigeons by the Port …

1945年 8月13日 『八重山の沖縄戦』

【投稿者註】先島諸島では地上戦がなかったため、日米両軍の記録や証言、住民の体験談等が乏しいが、八重山諸島に関しては、ここに集約しておく。 第32軍の動向 先島諸島の日本軍 八重山諸島 『八重山群島には、昭和19年に宮古島から配転になった独立混成第4…

1945年 8月12日 『魚釣島からの決死隊』

米軍の動向 碁に興じる第3925通信写真中隊のマンデリン少尉と第27師団副団長であるブラッドフォード将軍の補佐を務めるモーカー中尉。碁は日本の遊戯で第27師団による沖縄本島北部掃討作戦の際にはいくつかの碁の道具が見つけられた。(1945年8月12日撮影) …

1945年 7月31日 『米陸軍と米海軍』

米軍の動向 〝沖縄〟という米軍基地の建設 『陸海軍の共同作戦としておこなわれた米軍による沖縄進攻作戦は1945年7月初めには完了し、7月31日をもって、陸海軍の統合作戦は終了することとなった。その前の7月21日から23日にかけて海軍太平洋艦隊司令部と陸軍…

1945年 7月15日 『因果はめぐる』

米軍の動向 〝沖縄〟という米軍基地の建設 2号線と16号線の交差点に立てられたハイウェイの標識。標識は1-N号線の東100フィートの所に立てられ、16-E号線から来る際にも見える。(1945年7月15日撮影) The highway marker has been erected at the traffic c…

1945年 7月13日 『ハンセン病患者と沖縄戦』

米軍の動向 荷揚げされる積み荷。沖縄にて。補給物資を積むため、戦車揚陸艦にバックして入るトラック。(1945年7月13日撮影) Cargo being unloaded on Okinawa, Ryukyu Island. Truck backing into LST for supplies. 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書…

1945年 7月11日 『戦争マラリア』

米軍の動向 戦術航空軍司令官ウッズ海兵隊少将と話をする米第10軍司令官スティルウェル大将(1945年7月11日撮影) General Joseph W. Stilwell, (1), CG of the 10th Army, confers with his Tactical Air force Commander, Marine Major General Louis E. W…

1945年 7月9日 『この島を取りに来ている強い米軍』

米軍の動向 〝沖縄〟という米軍基地の建設 『米軍は、無数の対住民用のビラを使って心理作戦を行なったが、「住民に告ぐ」というビラでは、要旨、つぎのように述べている。 「アメリカ軍は、支那や日本の内地を攻めるためこの島を使いたいのです。それでアメ…

1945年 7月5日 『残る敵は日本のみ』

米軍の動向 〝沖縄〟という米軍基地の建設 爆破に先立って石灰岩にダイナマイトを仕掛ける第1902工兵航空大隊隊員。伊江島。(1945年7月5日撮影) A member of the 1902nd Engineer Aviation Battalion plants charges of dynamite in coral preparatory to …

1945年 7月4日 『捕虜収容所にいた画家』

米軍の動向 〝沖縄〟という米軍基地の建設 嘉手納飛行場B滑走路から約50ヤードの場所にある第807工兵航空大隊ウォーター・ポイント。6×6トラックに引かれた散水車に4分の1マイル離れた小川から水が汲み上げられる。水は滑走路や道路を乾燥させないように散水…

1945年 7月3日 『攻撃を受けた疎開民』

米軍の動向 マッキーニー軍曹に銀星章を授けるスティルウェル将軍(1945年7月3日撮影) General Joseph W. Stilwell, presents the Silver Star to Sgt. John C. McKinnie. 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館 船舶に対する機銃掃射 『先島群島周辺海域を…

1945年 7月2日 『アイスバーグ作戦終了』

アイスバーグ作戦終了 1945年7月2日、米軍は沖縄占領を目的としたアイスバーグ作戦の終了を宣言し、次のターゲットを日本本土に定めた。1945年1月6日に作成された「第10軍作戦計画アイスバーグ(氷山)」は、米軍が沖縄戦に際して用いた総合作戦計画書である…

1945年 7月1日 『日本本土襲撃のための出撃基地』

米軍の動向 〝沖縄〟という米軍基地の建設 第2高射砲大隊が操作するSCR(シリコン制御整流器)270Dレーダーは132海里の探知有効範囲を持つ。(1945年7月1日撮影) This set of SCR 270 D radar, operated by the 2nd Anti-Aircraft Artillery Battalion on O…

1945年 6月30日 『〝沖縄〟という米軍基地の建設』

米軍の動向 沖縄でロッキー少将と握手する太平洋軍艦隊付海兵隊司令官ガイガー中将。(ロッキー少将は)ガイガー中将の後継者として第3水陸両用軍団の指揮をとる(1945年6月30日撮影) Lt. Gen. Rey S. Geiger, commanding general of FMF, Pac, shakes hand…

1945年 4月16日『伊江島の「六日戦争」はじまる』

米軍の動向 特攻機対応と被害 『九州にある飛行場は、米第58機動部隊がたたいた。だが、それにもかかわらず、日本機は15日と16日、ふたたび相当な数をもって沖縄上空に現れた。16日の空襲では、神風1機が、空母イントレピッドの飛行甲板に体当たりしたのをは…

1945年 4月12日『「この島を守っているのは兵隊だ」』

米軍の動向 特攻機対応と被害 『特攻機の攻撃は、警備艦船や渡具知沖の船団に重点が移った。この日の空襲で艦船17隻が命中弾をうけ、うち2隻が沈没。駆逐艦 M・L・アベルも特攻機と〝バカ爆弾〟をうけて沈んだ。この〝バカ爆弾〟とは、双発爆撃機から発射さ…